ローグとヒーラー

幸先が良い、とはこの事だ。
俺はユスタス、ルシェ族のローグだ。西大陸のあちこちで小遣い稼ぎをしていたが、いよいよ一旗上げるべく、東大陸のカザンまでやってきた。ドラゴンとの戦争が幕を上げて以来、ここはハントマンにとって特別な場所だ。この間まで帝竜に支配されていたとは思えないほど街は活気に溢れている。

まずは腹ごしらえと立ち寄った酒場で、同族のヒーラーに出会った。ジェリコというこいつも、ハントマンながらギルドに所属していないそうだ。酒を酌み交わすうちに、こいつと組めたらいいかもしれないと俺は思い始めていた。戦いにヒーラーは必要だろうし、なんだか気が合いそうだから。
それに何よりこいつは、俺のタイプど真ん中の美形だ。
…別に俺は男専門でもルシェ主義でもない。ただこいつの理知的な顔立ちとか、サラサラとした銀髪とか、細長くて上品なラインを描く耳だとか、そういうとこが気に入っただけだ。ふと視線が合うと、琥珀色の目を優しく細める。畜生、たまんねえな。

話の流れで、宿は相部屋で取ろうということになってしまった。いや変な意図はなく、旅費の節約としてよくあることだ。さすがの俺も、知り合ったばかりの人間に手を出す気は無い。
ただ、さっきから結構飲んでるんだよな、こいつ。頬が赤らんで、目がとろんとして、眠たそうだ。…そんな色っぽい顔でエビフライ食うんじゃねえよ!

結局、地下の酒場から宿の上階まで、肩を貸すことになった。ジェリコはもう半分眠っていて、話し掛けても、んー、うー、としか答えない。どう考えても無防備過ぎ。自分で言うのもなんだけど、俺、ローグなんだぜ? 普通は警戒するっての。
決めた。どうにか口説き落として、こいつと組もう。こんな奴、危なっかしくて放っておけないだろ。…正直言えば、あわよくば、って期待もあるけどな。

左肩にジェリコ、右肩に二人分の荷物。結構しんどい。っていうかジェリコの方が背、高いし。でも寝息が近くで聞こえると頑張れてしまうあたり、俺って現金だ。
部屋に入ってドアを閉めたら、まず荷物を降ろす。
「荷物置いといたぞ。ベッドこっちでいいな?」
「ん…はい…」
狭い足元に注意して、まだふらふらしているジェリコをベッドへ誘導する。ここでお姫様抱っことかできたら男らしいか? いや、それはやり過ぎか。
「座るぞ。よい、しょっと」
肩を組んだまま、隣に並んだ形でベッドに座る。あとは横にしてやればゆっくり眠れるだろうが、コートとか靴はそのままでいいんだろうか。
ちょっと考えてる間に、ジェリコがもぞもぞと動きだした。
「あー、水いる? 大丈夫か?」
腕を解いて立ち上がろうとした俺の服を、ジェリコがきゅっと握る。
「あの、できれば」
か細い声。困り顔で一瞬俺を見つめて、目を伏せる。
「このまま…」
え?
「一緒にいて、くれませんか?」
そう言いながら、俺の肩に頬を寄せてくる。ちょっと、ちょっと、そんな。………うおお、予想以上の展開!
もう思いっきり抱きしめたいのをこらえて、そっとジェリコの肩に手を回す。
「ユスタスさんって、優しいんですね」
天使だ。天使が今、俺の目の前にいる。
「でも、それが命取り」
「へ?」
次の瞬間、視界が反転した。背中に衝撃。思いもよらぬ腕力で抑えつけられる。反射的にはねのけようとしたが、体に力が入らない。
「ぐっ…」
「動けないでしょう? ヒーラーは毒も得意なんですよ。まあ、これはただの痺れ薬ですけどね」
人の良さそうな笑顔のまま見下ろして、毒、と言い放つ。その言葉自体がトゲになって突き刺さる。俺はジェリコに騙されていたことにようやく気付いた。酒場での楽しかった時間も、さっきの儚く可憐な姿も、全て嘘だったというのか。認めたくはなかったが、否定もできなかった。
「…で、何がお望みだ? ただの物盗りにしちゃ物騒だな」
口は動くから虚勢を張ってみるが、状況は変わりやしない。押し倒されたまま、動けない。

ジェリコの手が俺の首にかかる。まさか殺すつもりか。こんな単純に騙されて終わるなんて、俺は本当の馬鹿だ。

悔し涙で滲んだ視界を縞模様が横切る。両手を上げさせられて、手首のところでぎゅっと縛られた。
「何だ、これ…」
ああ、俺のマフラーじゃねえか。

自慢じゃないが、これはかなり丈夫にできている。普段ならともかく、今の状態ではほどけそうにない。
「…なぶろうってのか? 趣味が悪いな」
人体実験、という単語が頭をよぎる。最悪だ。
だがジェリコは頭を振ると、コートのバックルを外した。
「あなたが私にしようとした事をするだけですよ」
バサリと音を立て、脱ぎ捨てられたコートが床に落ちる。

ジェリコの細い指が、俺の服にかかる。短剣を下げたベルトが外される。上着の前が開かれて、シャツをたくし上げられる。ジェリコが視界の下の方に行って、ブーツが両足とも脱がされた。ズボンと下着をまとめて引きずり下ろされ、ひやっとした空気を感じる。 残ったのは半脱げの上着とシャツだけ。ここまで来て、俺はまだ自分の置かれてる状況が信じられなかった。

何で、俺が、襲われてんの?

「どうしました?」
ベッドの上に戻ってきたジェリコに見下ろされる。
「…え、いや、どうしてこんな事…」
事態に頭がついていけず、間の抜けた台詞しか出ない。何がおかしいのか、ジェリコはくすくすと笑っている。
「これがしたかったんでしょう? …私と」
ベッドが軋んだ音を立て、前髪が触れるほどの距離に顔が迫る。
「べ、別に俺は…!」
そりゃ確かに少しはそう願ってたわけで、いや立場は逆だけど、慌てて目をそらしても後ろめたさはごまかせない。
「たまにいるんですよ、物好きが。大抵は杖の出番ですけど、あなたとなら」
ジェリコはそう言いながらガラスの管を取りだし、俺の目の前で揺らしてみせた。 これまでと比べ物にならない恐怖が湧き上がる。
「待て、変な薬なんてやめてくれよ! 頼むから!」
あまりに強い薬を使われたら、体や精神を壊されかねない。身動きひとつ取れず、ただ焦るばかりの俺の膝裏に手が入り、脚を広げさせられた。Mの字に開かれた今、俺の下半身は隠すところなくジェリコに見られている。
「媚薬なんて使ったらもったいない」
ガラスの管から、透明な液体を指に取るジェリコ。粘つくそれを見せびらかすように。
「あなたとは、じっくり楽しみたいから」
それをどう使うかは明白で。琥珀の瞳は獲物を逃がさない獣の目だったのだと、頭の中のどこか冷めた部分が告げていた。

ジェリコの手が、俺の脚の間に伸ばされる。奥の穴に、粘液をまとった指が入ってくるのが、見えなくてもはっきりとわかった。粘り気をまとったそれはあっさりと俺の中に入り込んだが、俺の体はそれを押し出そうとする。
「きつそうですね」
ぐにぐにと中をまさぐられる感触に吐き気がする。どうせなら感覚も麻痺させてくれればいいってのに。
「当たり前だ…馬鹿野郎っ…!」
蹴り飛ばしてやりたいのに、どうにもならない。薬だけでなく、俺の中でうごめく異物のせいだ。
「大丈夫ですよ、何日でもかけて少しずつ慣らしますから」
「…は?」
何日でも? 慣らす?
「だって気持ち良くなってもらわないと意味無いでしょう」
空いた方の手で俺の頭を撫でながら言う。…つまりこいつは、これからも俺をもてあそび続けるつもりだってことか!?
「あっ…!?」
指が一際大きく動く。引き抜かれる瞬間、下腹がぞくりとする。何だ、今のは。戸惑う俺の顎を掴んで軽く口づけると、ジェリコは満足げに口の端を上げた。
「素質、ありそうですね」
「何をっ…!」
憤慨する俺をおいて、ジェリコは服を脱ぎ始めた。
自分がどんな恰好かも忘れて、思わず見とれてしまった。俺よりは細いけど、しなやかで程よく筋肉のついた体。そういえばヒーラーの武器って結構ゴツイもんなあ、と思う余裕が残っていた。こんな状況なのに。 俺の視線に気付くと、いかにも余裕たっぷり、といった感じで微笑んでみせる。なんだか急に恥ずかしくなって身をよじらせようとすると、ジェリコの手が俺を抑えつけて、唇を合わせる。
「んむっ…」
深い深いキス。何故か抵抗する気がしなくて、俺はジェリコを受け入れていた。ようやく息を継いだかと思うと、すぐにまた塞がれる。温かくて大きな手が俺の顔を、髪を、体を撫でる。決して乱暴ではなくて、さっきいじった所を触ることもなくて。なんでこんなに、優しいんだろう。
目の前が暗くなって、チカチカと火花が散る。 執拗な口づけと、触れ合う体に、俺は間違いなく快感を覚えていた。

ふいに、俺の体にかかっていた圧力が消えた。解放された口で必死に呼吸する。 ぼんやりとした視界の中、すぐ近くにジェリコの顔。きっと切なげに潤んだ目をしているはずで、はっきり見えないのが残念だと思った。
「…ユスタスさん」
熱を帯びた囁きと共に、耳に温かいものが触れ、尖った先端に歯が立てられる。同じルシェだからって、こんな焦らし方は意地悪だ。一瞬だけの刺激では、全然足りない。だけど両手は縛られ、体は自由に動かない。 こいつの狙いは嫌というほどわかる。自分がどれだけ物欲しげな顔をしてるかなんて考えたくもない。でも俺は、もう引き返せない所にいた。
「…もっと、くれ」
理性と自尊心が屈服するのを感じながら、俺は最後の一押しをジェリコにねだった。
「正直な人は好きです」
ジェリコは焦らしもせず、自分のものと俺のものを添わせた。腰と指を使って、二つを擦り合わせる。互いの粘液にまみれたそれらが絶頂を迎えるまでそう時間はかからなかったはずだが、俺にはひどく長く感じられた。

この日、俺は天使ではなく悪魔と出会ったのだった。

→あとがき
戻る



inserted by FC2 system