閉幕
彼らは自らの生まれを知らず、またその行く末を悟らない。だが、稀には例外もいる。
どこまでも続く灰色の世界。轟々と吹きすさぶ風は水を奪い、何もかも砂へと変えていく。
ねじれた古木の根元に、すすけた灰色のローブに身を包んだ一人の青年がもたれていた。
目深にかぶられたフードがその表情を隠している。
何かを待っているのか、それとも眠っているのか。
生きているのか、それとも死んでいるのか。ただじっと、青年はそこにいた。
不意に一陣の風が起こり、はらり、とフードが巻き上げられた。繊細な白い面差しがあらわになる。
その目蓋は閉じられたまま、はしばみ色の髪がなびく。
やがて砂嵐の如き風が止み、青年が目を開いた。
その瞳は暗く、赤かった。かつて人間、夜神月であった時とは違って。
どれぐらいの時間が経っただろうか。荒い羽ばたきと共に、黒い影がその傍らに舞い降りた。
「こんなとこにいたのか」
青年は彼を見ずに答える。
「どの死神も僕の話を聞きたがる。うんざりだ」
この退屈にあふれた死神の世界では、青年、つまり夜神月の存在は格好の好奇心の的だった。
偶然手に入れたデスノートで“特定の誰か”ではなく、“彼の思想にそわぬ者全て”を殺そうとした男。
世界を変えようと大量殺戮を行い、そして無様な死を迎えた一人の人間。
―――それは偶然だったのだろうか?
何にせよ、死神界に連れてこられた月はどこに行こうとも注目の的。
次から次への質問責めに辟易し、こんな寂しげな場所にひっそりと隠れていたのである。
「…で、いつになったら僕はノートをもらえるんだ? リューク」
「またそれか。まあ焦んなよ」
“死神の誕生”には幾つかの条件がある。月はそのうちの一つ、
『デスノートを使用して人間を殺し、かつそのノートの本来の持ち主である死神に殺される』に
該当したため、晴れて―――と言うべきかは疑問だが―――死神となったのである。
だが、月は肝心のデスノートを持っていない。未だ大王から授けられていないのだ。
「なんせあれだけノートを使った人間は初めてだからな。大王も頭を抱えてるってことよ。
人間が絶滅しちゃたまんない、ってな。」
「絶滅させる気なんて無い」
わかってるわかってる、とリュークは肩をすくめる。
あれから―――“キラ事件”の解決からかなりの時間が経っている。いまさらニアたちを殺す気も
無い。むしろ彼らは平和の守り手であり、死神・月にとっては殺すべき対象でない。
本物の死神になったのなら、また思う存分デスノートを使える。
反抗する者、人間としての寿命、何にも囚われることなく、純粋なる裁きの刃を振るえるのだから。
…だけど、そうしてできた理想郷に僕はいない。
その事を考えると、鼓動を失った胸にかすかな痛みが走る。
痛みに押され、ぽろりと言葉がこぼれてしまった。
「あーあ、いつまでも“死神見習い”なんて…」
そう呟く月に、何かが放り渡された。
ざらつく鉛色のリンゴ。決して美味ではないそれも、リュークにとってはそれなりの貴重品。
「言っとくけど、俺はしばらく月のこと手放すつもりはねぇからな」
リンゴをかじりながらニヤリと笑うリューク。
真似して月もリンゴを一口かじる。変な味。これを好んで食べるモノの気が知れない、と月は思った。
「なあリューク」
「んむ?」
「今まで誰がどうデスノートで殺されたのか、調べられるところってあるか?」
もごもご、とリンゴを飲み込みながらリュークは答える。
「殺した死神に直接聞くか、大王んとこの台帳だな。…何する気だ?」
ふふ、と微笑む月。
「人類の歴史上、不可解な死を遂げた人物はいくらでもいる。
それは偶然か? 死神の仕業か? はたまたデスノートを持った人間の…」
赤い瞳にいたずらめいた光が灯る。出会った頃の彼に似た、無邪気で透明な眼。
「いい暇つぶしになりそうじゃないか」
月は立ち上がり、手を差し伸べて満面の笑顔で言った。
「さ、連れてってくれよ」
「…まったく、死神になっても人使いが荒いんだな」
そう言いながらも、リュークは勢いよく羽を広げた。
当分、いや下手したら一生、暇つぶしに困ることは無さそうだ。