幼名を牛若丸、優美にして悲劇の武者と、かつて日ノ本にその名を轟かせた源義経。デビルサマナーと契約したその分霊は、何故か野性的な蛮力の徒として活躍していた。良く言えば豪放磊落、“壁があったら壊せばいい”という性格故か、災難も多い。
「ふう、やっと戻ってきたぜ」
黄色く晴れ渡った空を仰ぐ。召喚失敗でふっ飛ばされた揚句、銀色の奇妙な空間に迷い込んでしまったのだ。見たこともないような恐ろしい悪魔の間をくぐり抜け、命からがら出口までたどり着いた。
しかしここは間違いなく異界の築土町。ここまで来れば自分の庭のようなものだ。
「早く見つけねえとな。ライドウに何かあったら死んでも死にきれねぇや」
甲冑を着込んでいるというのに、軽業師のように易々と電柱に登る。見渡せば、早くも見慣れた黒いマントが目に入る。
「ライドウ! 見つけたぜぇ!」
電柱から屋根に飛び移り全力疾走。跳躍、空中で華麗に前転してライドウの眼前に着地する。
何を言うより先に、思いきり抱き締める。折れてしまいそうな抱き心地が、可憐でたまらな―――
「…あれ?」
なんだか、硬い。体も大きくなったような気がする。顔にはなんと自分と同じような傷跡が走っている。でもこの匂いは間違いなくライドウのもの。擬態などではない。
「ライドウ…だよな…?」
戸惑っているのはライドウも同じで、突然現れては抱きついてきたヨシツネをまじまじと見つめている。
「お、俺のいない間に一体何が…!? まさか…まさか…っ!!」
脳裏に浮かぶ最悪の可能性。堪えられず、ライドウをかき抱く。
「くそっ、俺がもっと早く戻っていれば!」
無念の叫びがこだまする。
「マッスルドリンコだけは飲むんじゃねぇって言っただろうが…!」
血を吐くようなヨシツネの叫びに、ライドウは目を丸くする。
「こんなにマッチョになっちまって…俺パトラ使えねえし、つーかこれって治んのかよ!?」
ライドウは体を震わせたかと思うと、大声で笑いだした。
「あ、頭までマッチョに!?」
思わず身を離す。
ライドウはいつもより少しだけ低い声で、ヨシツネに語りかけた。
「いや、笑ってすまなかった。もう一人の我はよほど慕われているのだな」
「もう一人の…?」
その言葉に、改めて頭から爪先まで男の全身を眺める。確かにライドウそっくりなのだが、全体の雰囲気が微妙に違うような気もする。
「我は葛葉雷堂。ここはお前のいた世界とは違う、もう一つの世界だ」
「えーっと、それってつまり…」
「お前の主は、こことは違う所にいる。そちらの世界まで送っていってやろう」
言いながら黒い外套をひるがえす姿、その背の頼もしさは、ライドウと同じだった。
促されるまま、丑込め返り橋へと向かう。
…時折、思い出したかのように雷堂の肩が震える。
「しかし、先ほどのお主の狼狽振りといったら…」
「…ぜってぇ言うなよ? 内緒だかんな?」
ぎらつく赤い瞳を向けて抗議する。
「わかっているとも」
「だったらいいけどよぉ…」
気が合いそうな、合わなそうな。もしこの世界にもう一人の自分がいるとしたら、そいつはきっと―――
「どうした、気が変わったか? ならば我の仲魔に加えてやろう」
「いえいえ早く帰りたいです雷堂さん」
何故か敬語で即答。
「それでいい」
雷堂は口の端を僅かに上げると、再び歩き始めた。
雷堂と共にアカラナ回廊に踏み込んだヨシツネが、見覚えのある光景に愕然とするのはこのすぐ後のことである。