イングズの受難
サスーン王、いや、サラ姫に一生を捧げる覚悟のイングズであったが、ある日
その運命は急変を告げた。彼が城を離れた隙に、城の者はみなジンの呪いにかかり…
―――そして三人の仲間の協力を得て、イングズとサラ姫はジンを封じたのであった。
ジンが倒されたのであれば、サスーンに差し迫った脅威はあるまい。クリスタルの
託宣に導かれるまま、イングズは長い旅路へと乗り出すことになった。
旅に出て数日。新しい仲間にも慣れ、順調に旅程を進めていた一行は、酒場で一時の
休息を得ていた。ずいぶん久しぶりの酒である。
お調子者だが仲間への気配りを忘れないルーネス。
知性の奥に芯の強さを秘めたアルクゥ。
優しさと力強さ、美しさを合わせ持つレフィア。
もともと生真面目でお堅い性質のイングズであったが、彼らには不思議と心を開けていた。
浮かれて飲み過ぎたか。酔いの回りを感じたイングズは、酒席を辞して宿に戻った。
大部屋に男三人、レフィアは個室。小さな宿では四人一緒の部屋になってしまうことも
あったが、できるだけレフィアは別の部屋にすべきだと、イングズは常々主張していた。
それが悲劇を巻き起こすとも知らずに。
堅い防具を外して寝台に横たわり、ロウソクの火が揺れるのを眺める。頭の中では、
今後の道のりをどうするか、戦闘ではどのような戦術を立てるか、武器防具をどう配分
するか…そのようなことを漫然と考えていた。
不意に、ドアが大きくきしむ音を立てた。そちらを見れば、ルーネスが部屋に入ってくる
ところだった。
「レフィアはいつまでたっても飲み足りなくってね。アルクゥが捕まってる」
お前は逃げてきたのか、とイングズが問えば、ルーネスはその通りと笑って答えた。
城にはこんな気の利いたやりとりのできる相手はいなかった。
仲間が部屋にいる安心感からか、急に眠気を感じたイングズは、おやすみ、と目を閉じた。
ところが突然、体に重みが加わった。どさりという音。驚いて見てみれば、イングズの
足の方から、ルーネスが倒れこんできたのであった。
「おい、大丈夫か? 飲み過ぎたのか?」
「いや、全然」
イングズを見つめ返すルーネスの顔は、確かに酔っ払ってはいなかった。
そのまま、ずり上がるように、イングズの上半身を押さえにかかるルーネス。
「なんだ! ふざけるのもいい加減にしろ!」
怒鳴ってはみたものの、のし掛かるルーネスには、イングズの力をもってしてもまったく
抵抗できなかった。心の中にかすかな恐怖が広がる。
ふざけてなんかいないさ。
イングズの耳元で囁く声は、甘くかすれていた。そのまま、服の下に手が入り込み、
胸板を撫でさする。背筋を悪寒が走った。
「ちょっと…待て…やめろ!」
必死でもがくイングス。その時、ガタンと音がした。
アルクゥが、部屋の戸口に呆然と立っている。
足元には彼の落とした荷物が散らばっていた。
助かった!
イングズは心中でそう叫んだ。
「ルーネスが変なんだ! どうにかしてくれ!」
足をじたばたさせながら、アルクゥに助けを求める。二人は旧来の友であるというから、
アルクゥならルーネスをどうにかしてくれるだろう。イングズはそう願った。
だが、事態は最悪の方向に向かっていた。
イングズの上に跨ったまま、振り返るルーネス。結えた銀色の髪が、さらりと揺れた。
「アルクゥ、お前も来いよ」
え?
「…うん」
頬を染め、こくりと頷くアルクゥ。後ろ手に扉を閉め、鍵をかける。
おいおいおいおいちょっと待て!
アルクゥは寝台に歩み寄り、腰をかけると、ルーネスに寄り添って口付けを交わした。
深く優しいそれは、二人の長い関係を示していた。あまりの事にイングズは声も出ない。
クリスタルはよりにもよって変態二人を選んだのか!
「ずるいよルーネス、二人で始めるなんて」
「いいだろ。これからなんだから」
よくない! 全然よくない!
「さて、じゃあまずは脱がすとしますか」
ルーネスの紫の目が、ニヤリと歪む。微笑むアルクゥ。四本の腕がイングズの服にかかる。
ああ、絶対絶命。
イングズは二人に存分に嬲られ、気絶同然に眠りへと落ちた。
これが悪夢であったらいいのに。
…夢ではなかった。
目覚めてその事に気付いたイングズは、思わず泣きそうになった。股間が痛む。
体中が重い。しかもベタベタと汚れている。
窓から光が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。イングズの左手側にはルーネスが、
右手側にはアルクゥがぴったりと体を寄せて、すやすやと寝息を立てていた。
もちろん三人とも全裸である。
ああ、なんて事になってしまったんだ…。
どうしようもない悔悟の念に駆られていたイングズだったが、ふと、自分に刺さる視線に
気付いた。いつの間にかアルクゥが、その鳶色の大きな瞳でイングズを見つめていた。
そして目を見開いたまま、ぼそりとつぶやいた。
「ルーネスのこと、傷つけたら…ただじゃおかないから」
か細い、しかし低い声で発せられた宣戦布告に、イングズは総身の毛が逆立つのを感じた。
イングズの受難は始まったばかりである。